渋谷駅前のんべい横丁酒処「水車」
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第6回 父の生い立ち
 私の父は、明治29年生まれです。

 愛知県半田市亀崎で、9人兄弟の末っ子として生を受けました。当時、間瀬家は徳田屋という高級商人宿をしておりました。先祖は、京都の公家から養子に入った人でした。
 地元では、「損はとっても徳田屋さんだよ」と歌われた旅館でした。子供の頃、冠婚葬祭の折に何度か行ったことがあります。徳田屋の孫だというと、そう歌ってもらえました。子供ながらにそんなことを覚えています。

 亀崎は海沿いの町で、自宅のすぐ裏は海岸でした。
 そんな環境で育った父は、とても泳ぎが好きな人だったようです。

 5月3日に行われる「潮干祭り」は、今でも有名です。何台も行列した山車が、海岸まで次々と下りて行って、またその山車が神社に引き上げていくのです。大人になってからは父のお店の仕入先のお客様を連れて、お祭りを見によく行ったものです。

 また、「半田亀崎女の夜這い」といって、女性が強い地方だそうです(笑)。伯母たちを見ていましたから、そのくらい女性がしっかりしている町だということは頷けます。これは、伊勢音頭の詩の一部だともいわれているようです。

 父は末っ子でしたが優秀だったようで、徳田屋の相続人で、間瀬家の本家でした。習字がとても上手で、「どうしてそんなに字が上手なの」、と訊ねたことがあります。父は「宿帳を見て練習をした」、といっていました。
 本も好きな人で、本屋さんで本を読んでいると、「お昼までに持ってらっしゃい」と言って、よく貸してくれたそうです。

 伯母にあたる間瀬くには、大正天皇にお遣えし、生涯貞節を通した人だったそうです。
 大正天皇がご逝去なされた後は、神田で米問屋をして、優秀な父を東京に呼び寄せました。その伯母にぜひと望まれて、父は10代で東京に出ることになりました。
 父は、どうしても故郷の半田にいたくて、お百度参りをしたそうですが、その願いは叶わなかったようです。

 その後、東京の亀戸で米穀商を営むこととなり、27歳で結婚しました。
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