渋谷駅前のんべい横丁酒処「水車」
おかげさまで創業48年。銘酒と心づくしのお料理を用意してお待ちしています
プロフィール

suisha

Author:suisha
酒処「水車」へようこそ!
03-3407-3694



最近の記事



最近のコメント



FC2カウンター



リンク

このブログをリンクに追加する



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブログ内検索



RSSフィード



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


戦後は混乱の時代でした。
 戦後の混乱期、私が23歳くらいの頃でした。
 千葉県の房総の方でお金になる良い仕事があるから、とだけ言われて紹介してもらい行った先は、実は慰安所のようなところでした。

 当時、千葉には海軍の基地があったせいか、あちこちに慰安所があったようです。売春が盛んな頃でした。見に行くと、そこがそういう場所だということは、すぐに分かりました。

 海のすぐそばで、波の音が聞こえ、とても素敵な場所でした。
 青森から出て来たというご夫婦が経営されていて、とても良くしてくださいました。素敵な場所で親切にもして頂きましたが、仕事の内容が内容だけに働くのは止めました。

 戦後は本当に苦しい時代で、めちゃくちゃでしたから、お金が大変で自主的に行った人も多かったのではないかと思います。分かりやすく言えば、生きていかなければなりませんでした。

 ただ、そこは何年も続かなかったそうです。

 慰安婦のことがよくニュースなどで取り沙汰されていますね。
よく分かりませんが、当時、そういった施設があったことで、一般の人たちへの乱暴・暴行などがなかったのかもしれません。

 戦争に負けて、私たちはみんな、男は殺され、女は強姦されるのではないかと怯えていましたが、アメリカ人の方々は、とても優しく紳士でした。立派な制服姿で格好が良く、女性はみんな憧れていたこともありました。実際、結婚された方も多かったようです。

 負けた国だから仕方ないのですが、アメリカは規則正しくキチンとしていたため、私たちは守られていたのだと思います。

 いろいろな考え方や捉え方がありますが、当時を過ごした私はそんな風に感じています。また、こういったことは言う人はあまりいませんから、知らない人も多いかもしれませんね。

 戦争というものは辛く、人生を犠牲にしてしまうものだということを少しでも知ってもらえればと思います。
スポンサーサイト


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバックURL
→http://suisha.blog66.fc2.com/tb.php/137-c6e37626



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。