渋谷駅前のんべい横丁酒処「水車」
おかげさまで創業48年。銘酒と心づくしのお料理を用意してお待ちしています
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第20回 優しい父の思い出
 私が「水車」を出店した頃、渋谷から二子玉川駅まで玉川線が通っている時代でした。そのほかには、バスが渋谷から二子玉川まで通っていました。

 父には、「水車」がどのような店なのか、場所も言わずにいました。そんな父が、あるとき突然店にやって来たので、驚いて私は泣きました。ずいぶんと彼方此方を探し探し、やって来たようでした。

 急に思い立ったようで、自分が亡くなる前に、私が働いているお店を見たかったのだと思います。体も弱かったのにどうしてと、そのときのことを思い出すたびに今でも涙が出ます。娘を思う心が強かったのでしょうか。

 何も飲まず、食べないと言って疲れた様子だったので、体が心配になり、すぐに店の二階で寝かせて、二時間くらい横になってもらいました。帰りは、タクシーでも呼んであげればよかったのですが、一人でバスで帰ると言って帰って行きました。

 父は、子供が可愛いかったため再婚もしませんでした。母が亡くなった日から、再婚話があっても断り続けました。

 子供の躾は、とてもとても厳しい父でしたが、とても優しい父の思い出が今でも心に残っています。
 「学校の遠足は必ずいくこと。結婚したら旅に出ることもできないから」という、父の言葉通り、学校の遠足は必ず行きました。小学6年生の修学旅行は、伊勢、奈良、京都と行かせてくれました。
 父は好男子で、同級生からも人気のあった素敵な男性でした。

 亡くなる前の1年3ヶ月、最後に入院していた病院へ、私はお店を開ける前に三河島の関川病院まで毎日通っていました。その病院では、皆さんに可愛がっていただき、父は毎日ニコニコしていました。幸せだったと思います。
 そして、77歳で亡くなりました。

 生まれ変わったらまた、父の子供で生まれてきたいと思っています。
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