渋谷駅前のんべい横丁酒処「水車」
おかげさまで創業48年。銘酒と心づくしのお料理を用意してお待ちしています
プロフィール

suisha

Author:suisha
酒処「水車」へようこそ!
03-3407-3694



最近の記事



最近のコメント



FC2カウンター



リンク

このブログをリンクに追加する



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブログ内検索



RSSフィード



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


第16回 従兄弟の復員

 昭和21年、まだ世田谷瀬田に住んでいたときのことです。13歳ほど年上の従兄弟が、ビルマから復員してきました。

 復員兵は、故郷に戻っても、家族が新しい家庭を作っていたり、家族が亡くなっていたりすると、帰る家がなく親戚中をたらい回しにされ、面倒がられていたものです。

 南方のジャングルなどに長期に渡って留まっていた兵隊は、マラリアを患っていた人も多くいました。病気を患っていると、家族や親戚が面倒を見きれずに病院に預けてしまうことも多かったのが実情です。

 従兄弟もやはり、戻ってきてすぐマラリアを発症して、40度ほどの高熱が繰り返し出て、病院を出たり入ったりしていました。高熱が出るとすぐ病院に入れられ、親戚中を転々としていました。

 その後、行くあてがないということで父を訪ねてきて、うちで面倒を見ることになりました。
そのとき父は私に「かわいそうだから預かってあげようか?」と言いました。疎開して親戚にお世話になったこともある私たちは、人を助けることは当たり前のように感じていました。

 彼は、等々力にある食糧配給公団の玉川支所に就職し、その後、父と伯母がお世話をして、用賀の和田家の長女と結婚して、幸せな家庭を築き上げました。彼が結婚するまでの1年ほどを3人で一緒に暮らしました。

 当時の復員兵は、お国のために働いて大腕を振って帰ってはきたものの、行くところがないと、親戚を頼るしかなかったのです。
 帰る家がないというは辛いことだと思います。最終的は、身内だけが頼りでした。
 血は水よりも濃い、ということでしょうか。
スポンサーサイト


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバックURL
→http://suisha.blog66.fc2.com/tb.php/107-212a6c63



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。