渋谷駅前のんべい横丁酒処「水車」
おかげさまで創業48年。銘酒と心づくしのお料理を用意してお待ちしています
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第15回 池袋で過ごした4年間
家出をして、池袋の復興マーケットの中の小料理屋で働いていたときのことです。とても影響力のある人が私を心配して、見守ってくれていたことが後になって分かりました。それは、池袋で顔の利く親戚の人でした。

そのお陰で、周りのみんなが優しく声をかけてくれるようになりました。後でわかったことですが、その方の知り合いがいつも見守ってくれていたようです。そのため、ヤクザや愚連隊は私に一目置いていたようです。

当時、朝鮮は日本の戦争中は統治下にあったため、そのまま多くの朝鮮人が日本に住んでいました。特に池袋や新宿には多く、ヤクザの幹部になる人もいました。

池袋の小料理屋で働かせてもらった4年は大きな騒動もなかったけれど、それでも幸せではありませんでした。
住み込みで働いていましたが、兄や弟の里親、当時の恋人など、みんな私の居場所を知っていて、来てはお金を都合してくれという毎日でした。働いても働いてもお金が出て行くばかりでまったく貯まりませんでした。

そんなことが3年続き、「ここにいつまでいても出世の道ではない」と、誰にも行き先は言わずに池袋を離れる決心をしました。20歳~24歳までを過ごした池袋での日々は、周りの人たちには恵まれていましたが、とても暗い4年間でした。

私は渋谷に行き、旅館の住み込みの仕事を見つけ、すぐに働きはじめました。渋谷での生活は収入も安定していましたので、その後はずっと落ち着いた明るい人生を送れることになりました。
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